オレを憎め!オマエなんか大嫌いだ

オレを憎め!オマエなんか大嫌いだ!

思い立ったが吉日は秀逸なキャッチコピー

いまさらですが諺(ことわざ)には、とてもキャッチーなものが多いです。

敏腕コピーライターが作ってるんじゃない?ってくらい、シンプルでわかりやすいものが誠に多い。

その中でも”思い立ったが吉日”は秀逸なキャッチコピーだと思います。

響きも雰囲気も良く、意味も瞬時に伝わります。

伝説のコピー「そうだ、京都、行こう」に通ずるものがあると個人的に思います。

しかも、本当にその通りだと思う…アラフィフのオヤジは強く共感します。

私もそうですけれど、何かやりたいと思うことがあっても

仕事が落ち着いたら…

お金が貯まったら…

もう少ししたら…

など理由をつけて、後回しにして結局やらなくなってしまいます。

これは仕事だけではなくて趣味や遊びに関しても。

そうして気がづいた時にはやらないまま、5年や10年と時間だけが経ってしまう。

晩年を過ごしている方のほぼ100%が「やらなかったこと」に後悔してるっていうのは有名な話です。

私の理想は海外に行きたい!と思ったら、その瞬間に仕事をやめて海外に飛んでいき半年くらい生活をしてしまう。

その時にしかできない、かけがえのない経験を積んでいく。

やりたい!と思ったら動く。

お金が足りなかったら後でどうにかする!

こんな生き方をしていたらとても楽しいし、きっと後悔も生まれないと思います。

できる限り、それに近いように今の仕事やライフスタイルを築いているのですが、だんだんと守りに入ってしまうのが分かります。

おそらく先人たちも、そんなことを思っていたからこそ「思い立ったが吉日」というキャッチコピーを生んだのだろうと思います。

>>追伸>>
「果報は寝て待て」だけは絶対に嘘だと思います。

寝てるだけでいいことが起きることなんて、今まで無かったし周りにもいませんでした。

運転免許【更新】

午前中にも会合があり、帰りに時間があったので運転免許証の更新へ。

自宅にハガキを忘れてしまいましたが、基本は要りません。

宮城県運転免許センター(仙台市)は6月から日曜日においては事前予約制となります。

面倒ですから、なんとか今月に済ませないといけませんでした。

以下、備忘録。

①タッチパネル方式で旧免許証を機械に入れる⇒申請書類が3枚出てくる。第1暗証番号は強制決定されるが、第2暗証番号はその場で自身が決めて入力。

②窓口へ行き、申請書類を見せて県証紙を購入⇒安全協会加入(500円/年)を強く勧められますが、私はパスしました。

③申請書類を確認して誤りなければ、記帳台で県証紙を貼付し、質問票にチェック記入。

④視力検査。

⑤窓口で書類一式と旧免許証を提出⇒旧免許証は中央に穴が開けられ返却される。その他、2つの暗証番号が記載された小さな感熱紙を渡される。

⑥講義⇒30分の交通関連のビデオ鑑賞。

⑦新しい免許証交付。

あと何年かしたら、マイナンバーカードと紐付けというかマイナ保険証のようになるようだ。

マイナ免許証とでも呼ばれる日が近いかもしれない。

何でも紐付けしていいのか?と個人的に心配になります。

Orthodontics【47】

I'm going to get braces!

今日は月一定例の矯正観察日。

また、左上5のブラケットおよびワイヤーが外れたので、再び交換です。

下の歯もガタガタがまだあってキレイには並んでいません。

それの調整もするため、ワイヤー交換です。

矯正装置を始めてから2年が経ちました。

早いですが、あと倍の時間がかかりそうです。

少し焦ります。

だって、私の体も緩やかに劣化していますから、歯茎だって痩せていくでしょう。

信じるしかないのですが。

変化はあまり感じられません。

今日と明日、仙台青葉まつりです。

もう朝から熱気ムンムンです。

いつからか、人混みに酔うようになりました。

いつも食事を済ませるのですが、夕刻に会合もあるので追加料金ですがアーリーCHECK-INして昼寝(-_-)zzz

*5,500/1,214,130

趣味は仕事にしない方が良い

アンダーマイニイング効果について。

これは「過剰正当化効果」とも言われます。

「やりたいことを仕事にしたはずなのに、やる気がなくなってしまった」ことですね。

あなたの周りでも、そういう人いると思います。

好きでやっていたものなのに、その行為に対して報酬が支払われると、逆にモチベーションが下がってしまうという現象を指します。

例えば、私の周りに狩猟を趣味にしていた人がいました。

射撃の腕も確かなので、噂が噂を呼び多くの近所の方に依頼されたのですが、駆除してくれたお礼にお金をもらってから、そのあとになんだか報酬なしで動くことが嫌になってしまい、熱意が冷めてしまいました。

その他、洗濯物を干すお手伝いを楽しんでしていたこどもに一回100円を渡してあげようと提案したら、逆に今まで何もあげなくてもやってくれていたのにお小遣いなしでは手伝ってくれなくなってしまった。

この現象を逆手に取って、子供のゲームをやめさせたという人をTwitter(現X)で見かけました。

子供が好きでポケモンを遊んでたが、特定のポケモンを捕まえたらお小遣いをあげるようにしたところ、最初は楽しんでいたのに途中で飽きてしまったとか。

内発的な動機でポケモンをやっていたのに、それがお小遣いという外発的な動機にすり替わってしまったことで、心から楽しめなくなってしまったことです。

こんな感じでよかれと思ってやっていたのに、報酬が用意されることでやる気がなくなることって身近にたくさんあります。

来院患者さんの「紹介」に関しても同じような現象があります。

紹介してくれた方に対して、1,000円の現金のキャッシュバックをしたところ逆に、紹介がされなくなってしまったと聞きます。

その患者さんは、心から紹介したいと思ってやっていたんですが、その紹介する行為が1,000円分の労働に変えられてしまったことでやる気がなくなっなってしまったようですね。

あと、お金のために紹介してると思われたくない、という心理も働いてる可能性はあります。

紹介に対して対価を用意することが必ずダメなわけではないことはモチロンですが、人間には「過剰正当化効果」というものがあるということは注意しておく必要があります。

最初は「やりたいからやっている」「楽しいからやっている」という動機だったのに、他者によってその動機が「仕事」「ノルマ」「報酬」「お金」などにすり替えられてしまうことで起きる現象だと発表されています。

人間って勝手だが、趣味は仕事にしない方が良い…ということに答えは出せなく議論を呼びそうです。

物を書く哲学

いきなりですが、小学生のときは国語の時間に限らず「作文」書きませんでしたか?

今でこそ自分は文章を書くことを一部仕事にしていますが、作文は苦手でした。

皆が作文の授業中にどんどん書き上げて提出していく中で自分だけ、題名と名前だけ書いて1文字も書けないことも多々ありました。

振り返れば作文の邪魔をした原因がわかります。

あの「原稿用紙」です。


小学校でも中学校でも作文を書く時に、マス目で区切られたきれいな原稿用紙を渡されますが「1文字1文字大切に書きなさい!」感が強くて、うまく書けませんでした。

もし当時、パソコンやスマホが使えていて、気軽に文字を打ち込むことができたら、あんなにも作文に苦戦することはなかったと思います。

小学生の自分が作文で苦戦したように、キレイにやろうとしたり完璧を目指そうとすると本当に遅くなります。

思いついたアイデアを自分しか読めない字で書いては、話がまとまらなくてもいいからチラシの裏とかに、とにかく考えてることを書く。

その後、それを見ながら原稿用紙に書き出していけば、3時間かかってた作文を30分で終わらせることもできたと思います。

因みにですが、パソコンで多くのライターが使ってるテクニックで「画面を隠して打つ」という方法があります。

パソコンでも誤字や誤変換が目に入ってしまうと、反射的にそれを修正しようとしてバックスペースを押してしまいます。

なので、最初から完璧な文章を書こうとすると、多くの時間がかかってしまいます。

だから、画面を見ないでとにかく書き出す。

誤字脱字なんて無視‼…というか画面隠してるから気づけない。

勢いに乗って、そのまま書き上げる。

それが終わってから、誤字脱字や変な表現を編集します。

こんな感じですと、ビックリするくらい早く文章作成が終わります。

作文だけに限らず「完璧にやろう」とする気持ちは恐ろしくブレーキになります。

だから、完璧より完了を目指す!

どんなことでも、完璧にするよりもまずは完了させる…という気持ちで取り組むことが大事です。

完璧にしようとして何も手をつけなかったら、0点が決定します。

30点でもいいから完了させた方が、何もしないで0点のままよりもず~っと良いと思いません?

消滅可能性自治体

2050年に消滅する可能性乃ある自治体を、4月に民間有識者「人口戦略会議」が分析発表した。

www.asahi.com

若年女性人口が2020年から2050年までの30年間で50%以上減少する自治体は必然的に消滅する可能性があるわけです。

私の住む自治体はもちろんのこと、生まれ育った渋谷区もブラックホール型に位置づけられています。

本当に政令指定都市しか残らないだろう県もあります。

まぁ、それでもあと四半世紀ありますから。

それよりも、私は2050年まで生きていられるのか…が問題かもしれません。

2024年からの増税

自動車税や市県民税の通知がそろそろ来ると思います。

今年から「森林環境税」というものが1,000円/年が徴収されます。

住民税にプラスされるので、とても分かりにくくしていると思われます。

高いか安いかは何とも言えないですが、ひとり1,000円という計算で約620億の税収です。

著者が住むような田舎であれば、活用はされるかもしれませんが、森林が無い自治体もあるのに、そういった所はどうするんだろう?

私たちの1,000円を眠らせたままにしないよう、納税する私たちが制度のあり方を検証し、適切に使用されているかチェックしていく必要があると感じます。

そして、来年以降は徐々に値上げ徴収…というオチにならないように。

※平成26年度より市民税と県民税で各500円ずつ計1,000円負担していた復興特別税は、令和5年度で終了しました。